勾玉

勾玉（まがたま）は古代の日本における装身具の一つで、曲玉(まがたま)とも表記されます。紀元前3,500年頃の縄文時代中期から作られ始め、祭事をする者や位の高い人たちが身につけたといわれています。

勾玉の形は動物の牙、胎児、腎臓、釣り針、月或は「太陽と月」などを表していると言われ、主に翡翠、碧玉、瑪瑙、琥珀、滑石、鼈甲などの石が使われてきましたが、ガラスや土器で作られたものも存在しています。

翡翠は硬玉と軟玉とに分けられますが、宝石として認められているのは本翡翠と呼ばれる硬玉です。朝鮮半島では5世紀から6世紀にかけての新羅、百済、任那の勢力圏内で本翡翠の勾玉は出土していますが、本翡翠の原石自体は朝鮮半島では産出されていません。また、中国では軟玉（ネフライト）は産出されますが、本翡翠は産出されません。アジアの本翡翠の産出国は日本とミャンマーだけで、ミャンマーは地理的にも離れており、勾玉が出土した例もありませんので、勾玉はやはり日本独自のもので、日本で作られた勾玉が朝鮮半島に大量に持ち込まれたと考えるのが自然と思われます。

出雲大社に伝わる翡翠の勾玉は長さ3.6cm厚さ9.9cmで、透明感のある美しい緑色で、現在では重要文化財にも指定されています。また、「稲荷山古墳」（埼玉県）から副葬品の「金錯銘鉄剣」（きんさくめいてっけん）とともに翡翠の勾玉も出土し、ともに国宝になっています。翡翠などの石はとても硬く、加工するのは大変だったことが想像されます。これらのことから勾玉は当時の支配者たちの権力の象徴であったと考えられます。

「魏志倭人伝」には、卑弥呼を継いで邪馬台国王になった壱与が、人間30人、真珠5,000個、勾玉2個を魏の王に貢物として送ったという記載もあります。当時は勾玉がいかに高価なものであったのかがうかがい知れます。

勾玉は日本の神話にもたびたび登場します。「古事記」にはスサノオがヤマタノオロチを退治した後、「まがたま」をアマテラスに献上し、これが八咫鏡（やたのかがみ）、「草薙の剣」（くさなぎのつるぎ）と共に「八尺瓊勾玉」（やさかにのまがたま）として皇位継承の印の三種の神器とされています。

また、スサノオが高天原にいる姉のアマテラスに会いに行った際に、アマテラスはスサノオが高天原を略奪しに来たと思い込んで、勾玉で髪の毛を束ねて男装し、立派な勾玉を加えた、たくさんのビーズを束ねた装具を両手に巻き、背中には矢が千本はいる矢筒を背負い、脇腹には矢が五百本入る矢筒をつけて地面を踏みしめ、雄叫びをあげてスサノオを待ち受けた。とあります。勾玉は装身具であると同時に戦闘に際して霊力を高め、パワーアップするための強力な護符（お守り）であったのです。

そして、スサノウがアマテラスに身の潔白を証明するために神に判断をゆだねる「誓約」（うけい）を行った際に、スサノオの剣からは三柱の女神が生まれ、アマテラスの勾玉からは五柱の男神が生まれました。スサノオは「自分の心が清いから女神を生むことができたのだ。」と勝利を宣言しました。このように「古事記」においても勾玉はとても重要な意味をもっていたようです。

ところが、これほど重きを置かれた勾玉も、ある時期を境に忽然と日本史の表舞台から消え去ってしまいます。それは、仏教の伝来と時期を同じくしています。排仏派の物部氏に勝利した蘇我氏は仏教を積極的に取り入れ、多くの寺院を建立して仏教を国策の中心に据えたので、古い神話を象徴する神器の必要性がなくなったためと考えられています。大和朝廷の大きな政策転換です。

しかし、その後も勾玉は宮中の貴族・高官や知識人のあいだでは、ひっそりと用いられ、江戸時代になってからは復古主義的な『国学』の影響で勾玉の愛好者も増えてきました。

オランダの医師シーボルトは日本の地理、歴史、国家制度、経済、文化などについて詳細に調べましたが、勾玉にもたいへん興味を持ち、著書『日本』（Nippon）で「教養ある日本人が好んで思いを馳せる古代の遺物のひとつに勾玉という宝石がある。」というような記述しています。シーボルトが日本のおびただしい文物の中でも、勾玉に着目して詳細に調べているのには感心させられます。

地名の中にも今でも勾玉（玉）という名は残っており、島根県の玉造温泉はとても有名です。玉造という名は、この地で良質の瑪瑙が採れ、玉造が盛んだったことに由来します。三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉（やさかにのまがたま）もこの地で造られたと言われており、玉作湯神社では多くの勾玉や管玉が社宝になっています。